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この小説は・・・ 大正・昭和・平成、それぞれの時代のうねりに漂い揺れながら、運命を切り拓き激しく生きる人々。 夫婦、親子、兄弟姉妹……。 絡み合う人間模様、複雑な社会の中で、互いが互いを理解し、そして自らの実存にたどり着こうとするドラマを 端正な筆致で描いたものです。 以下、本文から 氷 枕 の表現部分 1ページを抜粋します。 ・ ・ ・ 秀康は苑子に早く休むように言い、自分は机に向かった。 二月の据え頃から苑子は珍しく風邪を引き寝込んだ。苑子が熱を計ると、体温は三十八度。 何か苦しそうに見え、苑子は頭を冷やし、寝ずに看病する。 うんうんと、いかにも苦しそうに呻いている。汗をびっしょりかき、一日に二度もパジャマを着替え、 洗濯しなければならない。熱があるわりには粥は嫌いと言い、健啖ぶりを発揮する。 鬼の霍乱かとも食欲があるので、苑子は三十八度くらいの熱で大騒ぎする夫が滑稽にも思い、 食欲があるので大丈夫と 氷 枕 をし、額に氷嚢を当てて看病する。 家族の食事の支度、夫の寝汗をかいた汚れ物の洗濯、苑子は忙しく夜は夫の枕元で居眠りが出る。 翌日雪枝は、 氷 枕 も氷嚢もわたしがいたしますから、あなたはお掃除などしなさい、 と彼女を病室から追い出した。 雪枝は可愛い息子を我が手に戻すには、この時とばかりに傍を離れない。秀康は母の 氷 枕 は 空気が入りごろごろして頭が落ち着かない。母親が枕頭を離れた隙にそっと部屋へ入った苑子に、 氷 枕 を見てくれと頼んだ。彼女は氷を入れるふりをして洗面所に行き、氷を砕いて少し足し、 氷 枕 に水を入れ、空気と水を 氷 枕 の口元を少し折って出し、口金をきっちり締めた。 空気が入ってふくらんでいた 氷 枕 がしぼみ、砕いた氷が直接頭に触れる。 渇いたタオルで巻くので心地よい冷たさである。 三、四日ほど床に就き風邪も癒えた秀康は、疲れも抜け心神爽快になり書斎の窓から庭を眺めている。 ・ ・ |